「からたちの花」考

“からたちのそばで泣いたよ” 誰がなぜ泣いたのか。“みんなみんなやさしかったよ” みんなとは誰なのか。“からたちのとげはいたいよ 青い青い針のとげだよ” 春、芽生えたばかりの青い刺はうぶ毛のように柔らかで痛くありません。なぜ痛いと書いたのでしょう。

白秋と山田耕筰が創作活動に入って間もない頃、ある宴席で耕筰が突然、『僕はからたちに悲しい思い出がある。十歳の時、父親が亡くなり、自営館という夜学のある印刷工場に働きに出た。先輩の職工に足蹴にされたり乱暴されたりすると、1万坪ある敷地のからたちの垣根まで逃げ出し涙を流した。そうした時は畑で働いている小母さんがやさしくしてくれた。』と白秋に語った。このことは耕筰の自叙伝に書かれていて、その結びとして「柷殻の白い花、青い刺、そしてあのまるい金色の実、それは自営館生活における私のノスタルジアだ。そのノスタルジアが白秋によって詩となり、あの歌となったのだ。」とあります。白秋が痛くもない青い柔らかい刺を痛いと書いたのは、幼い(青い)耕筰のその時の痛みと辛さを表現したものでしょう。そして白秋が、ここだけ“やさしかった”と過去形にしたのは耕筰のその頃に戻って慰めてあげたかったとの思いがあり、“みんなみんな”の中に白秋自身を入れているようです。

このように「からたちの花」は耕筰の幼い頃のノスタルジアが、白秋によって詩となったのですが、1節だけ自身の幼い頃の情景が入っています。

“からたちは畑の垣根よ。いつもいつもとほる道だよ。” 白秋は六歳の時四年制の矢留尋常小学校に入学します。その通学路の片側は畑で垣根が「からたち」だったのです。今その時のからたちは一本だけ残っています。