「故郷」の曲に思う

今年2014年は”兎追いしかの山”の「故郷」が大正3年6月の尋常小学唱歌(6)に発表されてから100年になる。私は1933年生まれの81歳、昭和20年敗戦の時、旧制の中学1年生だった。戦時下の小学校では勤労奉仕という名の畑仕事が多かった。音楽の時間など殆どなく歌をまともに教わったという記憶はない。しかし、何故かこの歌は自然に口ずさむことができる。この言葉とメロディーは聴覚を通して脳に入ると住みついてしまうのだ。

童謡・唱歌の多くは覚えようとしなくても勝手に脳に入り居座ってしまうように思う。10年前より童謡・唱歌の普及をライフワークとしている私は童謡・唱歌の会の始めに必ずこの歌を歌うこととしている、月に4~5回これらの会があるので年間で5~60回歌うことになる。指導するようになって1年程たった時、「故郷」の歌詞が「思いやりに満ちた」言葉ではないかと気付いた。

  • 第1節で、先ず故郷の自然のことを歌っている
  • 第2節では、故郷の人々に思いをはせている
  • 第3節になって初めて自分の思いを歌っている

つまり自分のことよりも先ず他者を思う日本人の「思いやり」の歌であるからこそ我々は愛唱してやまないのだ。今風に言えばEQ(Emotional Quotient)の歌である。更に旋律は端正で清らか、この歌がある限り日本人の心から「思いやり」が消えることはないだろう。

大正3年が100年前であるから明治の唱歌は全て、100年以上前に作られた歌となる、しかも戦後、学校の音楽教材から次々と排除されてきたが、今でも歌われているのは耳から入ると自然に海馬に定着する歌であるからからだろう。

このような精神性豊かな言葉とメロディーを残してくれた明治・大正の作詩家・作曲家に対する私の尊敬の念は今や尊崇の念へと高まっている。